2013年8月30日

むぎのこ大キャンプ②・脳の発達には「ノー」が必要

250人の夕食作りはお父さん・お母さんの協力で


園 長 むぎのこを卒業して学校に通っている子ども達と、お父さん、お母さん達の盛大なキャンプがありましたね。場所は恒例の中小屋小学校(※1)で、午前中は道民の森などに行って活動したそうですが、総勢がまた250人くらいだったそうで。いかがでしたか。
 ※1 北海道石狩郡当別町の廃校をお借りして、学童の活動等に活用させていただいています。

深瀬さん 初めての中小屋のキャンプだったんで、いつもと違ってテントではなく学校にと泊まるということで子ども達もどうなのかなと思ったんですけど、学年ごとに教室があって、テントだとそれぞれ孤立する感じなんですけど、お互いに子ども達を見合ったりして、すごく充実してました。初めは海水浴に行く予定で、水着も着込んでたんですけど、急きょ山登りになりました。でも、特に変更で「ぎゃー」っていうこともなく。

園 長 自閉症の子ってそうですよね。自閉タイプの子どもって変更に弱いから、丁寧に育てなきゃってよく言われてますけど、小さい頃から安定してくると、少々の変更は全然平気ですよね。

深瀬さん 登ったことがない山だったので、どこがゴールかもわからなくてきつかったですけど(笑)。靴もうちの子は、海だと思っていたので、サンダルだったんですよね。でも意外にすたすた登ってて。

園 長 最近は山で熊が出ることが多いので、むぎのこでの山登りブームはおさまってるんですけどね。

深瀬さん 私も水着を着て登って汗だくでサウナ状態だったんですけど(笑)。水着脱ぎ損ねて服の中ドロドロだったんです(笑)

園 長 海は雨が降ってて、山は晴れてたんですか。

深瀬さん ほんとに晴れてるのかなって半信半疑だったんですけど。全然晴れてて暑くって。でも夜はみんな温泉にちゃんと行けて。

園 長 ご飯は外で食べられたんですか?

深瀬さん 高学年以上は、雨だったんですけど外にテントを張って食べました。

園 長 250人の食料って大変じゃないですか。

深瀬さん そうですねー

園 長 誰が作ったんですか。

深瀬さん キャンプ委員会の食事担当のお母さん達です。朝からびっちりで。焼いたのはお父さんです。3時ぐらいから私たちが登山してる間に一生懸命やってくれて。

園 長 お父さんは山には行かないで、焼き物をしてくれて、その間お母さん達が子ども達と活動してたんですね。

古 家 山に登ったお父さんも何人かいましたね。

園 長 雨が降って、急な変更もあって、それでも一生懸命やって充実してて、お父さん達お母さん達がご飯を用意して待ってるなんて、すごい協力関係ですね。昔のむぎのこキャンプといえば結構トラブルもあって、ちょっと嫌な思い出も無きにしも非ずの感じだったんですが(笑)。今のお母さん達すごいですね。

古 家 やっぱりね、文化が作られていったのかなって。みんなで協力してやるっていう文化がこの10年でできてきたのかなあって。

園 長 不満とか文句とか言う人少なくなりましたね。みんな楽しむ感じ。

深瀬さん ほんとは私も面倒くさがりなんで、「いやーめんどくさいな」と思って行くんだけど、でも行くと楽しいですね。

園 長 お風呂も何カ所かに分かれたんですよね。

深瀬さん はい、中小屋温泉と、月形温泉と、新篠津温泉です。親同士も連携とって、「私はこっち見るから、こっちはお願いね」っていう感じで。

園 長 やっぱりみんな子育ての知恵があるから、この子は一人でいられないとか、服が脱げないから、じゃあどうするみたいな。心の連携ですね。紙に書くんじゃなくて体でできちゃう。

古 家 そしてね、ちょっと難しめのハンサムなお父さんが、クラスにはそのお父さん一人しかいないとわかって私真っ青になったんだけど(笑)。でも他の職員やお父さんが手伝ってくれて、とっても楽しく温泉に入れたという報告も受けました。


上級生が下級生を支える場面も


園 長 実は昨日当別町の町長さんにお会いしたんですが、すごく喜んでました。温泉をそれだけ利用してくれたなんてって。麦の子会がいろんな意味で当別町に貢献してくれてるし、子どもがこんなにたくさん当別町に来てくれるっていうことが嬉しいと仰ってました。
 寝る時はどうでしたか。250人が寝るっていうのは大変なことだと思うんですけど。

深瀬さん そう思ったんですけど、私たちの学年の子は登山で疲れ切っていたのか、もう9時過ぎには静かになって。沢山いると「ぎゃー」てなることもあるかなと思ったんですけど、そんなこともなくびっくりしました。

園 長 障がいがある子とか、重たい子の場合は睡眠障害がつきもので、なかなか夜寝ないっていうお子さんがいるのがあたりまえですよね。中小屋パワーかしら。

古 家 中小屋って校舎が木でできているから、普通の学校の雰囲気じゃなくて癒される感じ。

園 長 雨が降ったから、高学年以上の子達もみんな中で寝たんですよね。

古 家 高校生達が「俺たち、どこで寝るんだ?」って聞いてきたから、「ごめんごめん、体育館にして」って言ったら、こころよく寝てくれて。

園 長 中小屋に小学校を作ってくれて有りがとうっていう気持ちですね。地域の子どものために作ったと思うんですけど、今は違う活用で生き生きと子ども達のために使わせてもらって、小学校も喜んでくれていると思います。

古 家 縦の関係、上級生が下級生の面倒を見るということもだんだん出来てきて。

園 長 この前のキャンプは普通学級通っている子ども達中心のキャンプだったんですけど、今回は割と障がいの重たい子のキャンプなんだけども、やはりそういうつながりってあったんですか。

深瀬さん みんな助け合ってって感じで、大変な子がいたらみんな走って行って、お互いに見合ってて、自然にできてた感じがします。

園 長 お互い非難せずに! なんて素敵なんでしょう(笑)

古 家 年長さんも何人か参加したんですけど、お父さん達も感想でまた来年も来たいですって。

園 長 誰かを非難するのは簡単だけど、協力しあうのはほんとはすごく難しいことだと思うんですけど。

古 家 必ずトラブルってあるし、間違いってあるから。

園 長 でもそれを乗り越えて協力しあおうって。お母さん達素晴らしいですね。

古 家 そうですねー

園 長 そして、子ども達が寝た後、お母さんお父さん達のコミュニケーションタイムですよね。

深瀬さん うちのお父さんはお仕事だったので、その夜のためだけに来たって感じでしたけど(笑)

古 家 でも、他のお父さん達を和ませてくれて。

園 長 過去に悪さをした事も、他のお父さん達に話してくれたそうですね。

古 家 そうそう、そういうことを堂々と言っていいんだと。そういう感じで他のお父さんとも仲良くなれて。昔ってスネに傷を持っている人が必ずいるって言ってたけど、生きていくってそれぐらい馬力がないと・・・

園 長 いま社会で立派に貢献して生きているお父さんたちが、中学生、高校生の時はかなり暴れん坊だったという話をできたんですね。それは逆に勇気もらえますよね。その時「悪い」っていうんだけじゃなくて、長い人生の中そういうエネルギッシュなこともあるけど、ちゃんと一生懸命、家族と子どもと社会のことを考えて働いているお父さんがいるっていうことですよね。


里親ファミリーホーム全国大会でのお話


園 長 先日名古屋に出張に行ってきまして、そこでは里親ファミリーホームの全国大会がありました。前から知ってはいたんですが、そこで出会った慶応大学の小児科のお医者さんで、渡辺久子先生っていう方のお話がありました。

もう古家ばばばあちゃんそっくりなことを言っていて、すっごくおかしかったんです。子どもっていうのはお母さんの思うとおりにはなかなか育たないっていう話をさんざんしてました。人間の赤ちゃんはある意味大変なエゴイスト。実際お母さん達が育児をやってみたら大変。女の人は特にですけど、身にしみてわかってると。育児は大変だと心の中で思ってるだけではなくて、いろんな人に助けてもらわないとだめだ。

ダニエル・スターンさんという人の言ってたことで「子育てするのはオーケストラだ。その子のためにいろんな人が音を奏でて、それでその子が成長する。個人プレイでは子どもは成長しない。」って。

あと、絶対赤ちゃんはむずがると。むずがる時になにが起こってるかというと、脳神経系がぐーんと発達するらしいですね。むずがったら「だめだ」って言われることが多いでしょ。それでお母さんはカーッとなったり、自己嫌悪したり、失敗して自分がだめなのかなーって思うんだけども、実は赤ちゃんというのはむずがることで発達をとげるんですね。

お母さんが悪い子どもが悪いっていうことではなくて、脳が健康に発達するプロセスの中に、このむずがる時期がきちんと組み込まれているそうなんです。だから、どうしてもカーッとなったり、その子を攻めたりしちゃうんですけど、そうではないっていうことをお母さん達に知ってほしいなあって言ってました。

そしてそういうことを通してお母さんの脳も発達するっていうことで、私もそこでピーンときたんだけど、子育てって、ただ子どもを育てるだけじゃなくて、お母さんも発達するんだなあっていうこと。これはばばばあちゃんもよく言ってることですけど。

古 家 私が言ってるんじゃなくて、私の母親とかばあちゃんとかから伝承されて覚えたことなんですけどね。でも私の次の世代になると理屈で頭の良い子に育てようっていうふうになってしまって、あまり伝承ということがなくっているというのが現代の子育てかなって思います。


思春期は心の鉢替えの時期


園 長 思春期の話もしてました。赤ちゃんって力がついてお腹の中で胎動して生まれるときは思いっきり自分で出てこないといけないでしょ。その力があってこの世に誕生するから、第二の誕生の思春期も思いっきりまたキレる。親に反抗して、それがあって親を超える自分になるっていう話でした。

いままでの植木鉢を根っこで破るほどの力を子どもは思春期に持つから、そして根っこを張らないと生きていけないから、親の植木鉢を大きくしなきゃいけないと。でもそれには嫌なこといっぱい言われて。でも嫌なこと言われるその時期にまた脳が発達してる、というふうに脳科学で説明してくれてました。

昨日むぎのこブログにも載せたんですけど、中学生の女子会をしたんです。ひと組の子どもとお母さんがすごいバトルしてて、子どもはお母さんに文句があるっていうことで。お母さんはつらいって言ってきたのでみんなで話し合おうって。

それで、その子の言うことすごく素晴らしくて。お母さんがお父さんの文句を私に言うと。そしたら、私の血の半分はお父さんなんだから、私も「だめだ」って言われてる気がして「それが嫌なんだわ!」って。それでお母さんが私に「だってあんなだんなのこと、子どもは知らないからあんなふうに言ってるけど」って。

私がそこで「まあまあまあ。お母さんの気持ちは分かるけど、子どもはね、そう言われたら嫌なんだっていうこともわかんないとけないんだわ」って。夫の悪口とか嫌なことを子どもに愚痴らないで、やっぱり仲間お母さん同士で愚痴っていかないと、自分のストレスの垂れ流しを子どもにしたら子どもはつらいんだなあって。

娘って母の愚痴を聞きがちなんだけど、それって後から子どもが大きくなったときに、なかなか生きるのがつらくなったりするんだよね。それを私たちが言わせたんじゃなくて、子どもから言ったんですよ。「私が否定されてるみたいで、生きるの嫌になるんだわ」って。すごかったですよ。

古 家 ほんとに思春期にそんなこと言えるなんて、いいなあって思いましたね。

園 長 きちんとした積み重ねで大人になるんじゃなくて、ちっちゃい時はむずがったり、思春期もキレたり、そして親も一緒に育てられるっていう子育ての方向性を、慶応大学の渡辺先生も言ってくれてました。そういうことが少しずつできたら、子どももお母さんも楽になるなあってあらためて思いました。


2013年8月23日

むぎのこ大キャンプ①



旦那さんのハチャメチャのおかげで・・・


古 家 今日のゲストは深瀬さんです。こんにちは。

深瀬さん こんにちは。

古 家 深瀬さんはむぎのこに来てから何年経ちましたっけ?

深瀬さん むぎのこに来てから7年経ちました。

古 家 もうそんなに経ったんですね。
最初に会った頃はね、なんか控えめな方で、どのように声をかけていいのかなーって。深瀬さん、深瀬さんって言ったら「どうしたんですか?」って言われそうな感じがして(笑)

深瀬さん 第一印象はそう言われますね。ほんとは全く真逆です。

古 家 そうだったんですよねー。むぎのこには息子さん何歳の時来たんでしたっけ?

深瀬さん むぎのこには210ヶ月の時です。

古 家 そうでしたねー。それで3年くらい経ってやっと普通に声掛けれたんですよ。私、美人な方でちょっとツンツンした方に弱いので(笑)。なかなか私から気さくに話しかけれなくって。人見知りなもんだから(笑)。

深瀬さん 私も人見知りでしたね。

古 家 それで付き合ってみたらびっくり仰天ていう。特に旦那さんに会ってからまったく印象が変わってしまって。すごく深瀬さんには気を使ってたのだけど。失礼な事言わないようにって。だけど旦那さんに会ったらもう失礼なこと言っても全然構わないなーと。もう旦那さんがハチャメチャで。お食事会やった時に、旦那さんの若い頃の田舎でのハチャメチャなやりっぷりを聞いて、「えーっ!こういう人と一緒に暮らしてるんだから、肝が座ってる人なんだな」って思ったんですよね。それからは全然気も使わないで話せるようになりました。

深瀬さん 食事会がいい機会になって。私もなんか気を遣わずに話せるようになりました。

古 家 旦那さんのお陰ですね。

深瀬さん そうですね。

古 家 やっぱり世間ではそういうふうに地を出さないでいたんですね。なるほど、田舎の人じゃないもんね、深瀬さん。

深瀬さん そうですね(笑) 札幌なので。

古 家 札幌の人って何代前から住んでるかわからないけど、私も田舎から札幌に出てきた時に「あれ?札幌の人って違うな」って思ったんですよね。で、私は田舎育ちだからなんていうのかな、飾ること知らないっていうのかな? でも札幌の人たちって飾ること知ってるんだって。

深瀬さん 通園時代はそんなに地を出さずにいましたね。

古 家 そうだね。だけど旦那さんが色々話してくれたっていうか。

深瀬さん 地を出さないと疲れるなって。

古 家 逆にね。


恵み多き夫婦関係


深瀬さん そうですね。地の通り生きたほうがどこでも楽かなって思って。なので今すごく楽ですね。

古 家 じゃあ肩こりも減ったんですね。

深瀬さん そうですね。

古 家 なんか筋肉も硬い感じだったから。筋肉が和らいだ感じに(笑)そして息子さんも小学校に入って。在園時はほんとにまわりに関心持たなくって、何をやるにも泣いてたけど。卒園してお母さんがざっくばらんになってから息子さんの方も・・・

深瀬さん そうですね、地を出してくれるようになりました。今ははっきり嫌とか、好き嫌いがわかるようになって。親が地を出さないと子どももそうなんだなってわかりましたね。

古 家 そうなんですね。深瀬さんとしては、旦那さんは恵み?

深瀬さん 感じたことはないんだけど

古 家 これすんごい恵みだなって。

深瀬さん でも通園時代は夫の仕事も忙しかったのでむぎのこに関わることが少なかったんですけど「子どもも大きくなるにつれて大変なので、男親も必要だよ」と話しをしてからむぎのこに関わるようになってからは、やっぱり変わってくれたかなと思いますね。

古 家 そうなんですね。夫婦関係ってね、私この年になって思うんだけど、結構男の人の方がこういう素敵な女の人と結婚出来て、なんか奥さんに結構遠慮して暮らしてるっていうか、そういう人かなりいるなって思うんですよね。だけど奥さんが勝手なことやったり、ドジなことやったりして「あ、なんだー」ていうか、そういう風になると旦那さんの方も気が楽になるのかなっていうかね。

「世間で恥ずかしいことしないで!」ていうような奥さんからのプレッシャーみたいのがあると旦那さんも大変なのかなっていうか。だからそういうふうに気の流れが良くなって助けあえるなんていうのは羨ましいですけどね・・・ なかなかそういうご夫婦いないので。まあ、いろんなことはあるにしても、心の支え合いっていうか、そういうところでは素晴らしい夫婦だなって。

深瀬さん ありがとうございます。

古 家 深瀬さんをこの地上で必死になって生きざるを得ないように仕向けてくれた旦那さんと息子さん、とても素敵なんだけど。恵み多き夫だなって。

深瀬さん そうですね、大きく人生を変えてくれました。


子どもも私も一緒になってはじめてのキャンプ


古 家 息子さんとはむぎのこに来てからどうでしたか?

深瀬さん むぎのこと出会ってなかったらと思うとちょっと考えられない、そういう気持ちですね。いろんなこと、登山とかスケートだったりスキーとかも・・・そこまでやれなかったかな。二人だけでいたらやらなかったことを、やってなかったかなと思うような事をたくさん経験したなって。

古 家 そうですか。

深瀬さん 自分もぜんぜんアウトドア派じゃなかったので、年をとってアウトドアな活動をすることになって、最初はクタクタだったんですけど慣れるんですね。こんなに日焼けするとは思わなかった(笑)

古 家 母子通園して息子さんと一緒に遊んで日にも焼けて。会った頃はほんとに美しく、お化粧で綺麗にしてたんだけど(笑)

深瀬さん 海もこんなに行くんだっていうくらい。「砂遊びでも汚くなるし、海なんてっ!」て思ってたんですけど(笑)

古 家 都会の人って砂遊びもしたことないって人が多いですからね。

深瀬さん いろんな経験を親子共々させてもらって。ほんとに今後もそうだと思うんですけど。

古 家 その深瀬さんが息子さんが年少の時にむぎのこの主催のキャンプに行ったんですよね。

深瀬さん そうです、初めてフリースクールのキャンプに参加させてもらって。

古 家 それはどこでしたか?

深瀬さん 滝野です。キャンプ自体もしたことがなかったので「キャンプ? えー? やだー!」って。暑いからやだって。そんな感じだったんですけど、もう行ったらすごい楽しくって。一年目の年少の時には上の子もいたので行けなかったんですけど、小学一年生からは一緒に泊まるようになって。テントで子どもが寝れるのかなって心配はあったんですけど。子どもは外でも楽しそうにしてました。子どもが楽しいと親も嬉しくなるんですよ。楽しかったです。

古 家 子どもが楽しいと親も嬉しくなるというのは名言ですね。キャンプ自体に対してはどうでしたか?

深瀬さん 去年三回目で初めてキャンプ委員をやらせていただいたんですけど、準備の大変さと、初めて行った時にはすごい人数とテントの数でびっくりしちゃいました。

古 家 去年は260人ですからね。

深瀬さん そうですね、びっくりして。この準備に初めて携わったんですけど、ほんとに大変の一言でした。子ども達が安全に過ごすための準備ということで、このお母さんたちお父さんたちの力ってほんとに大きいなって。


脈々と続けてきた親と共に創り上げる文化


古 家 そうですね。このキャンプっていうのはむぎのこ職員が主体じゃなくって、お父さんとかお母さん達が主体なんですね。むぎパパキャンプとも言われていて、お父さん達が大活躍する、そういう場面がたくさんあって、むぎパパの会長さんが中心に取り組んでるキャンプなんです。お母さん達が実行委員を組んでそれで全部準備してるんですよね。

深瀬さん はい、夜遅くまでかかって資料作って、配車も11台組んでっていう作業で、一人一人この子とこの子はどうだとか考えながら、一人残さず組んでいくっていうのがすごいなって。

古 家 そうですね。やっぱり障がいがある子どもが普通にキャンプするって大変ですよね。眠れない子もいれば多動な子とかもいて迷子になってしまう。そういう危険性が十分にあるわけだから夜中も順番に一時間おきに見回りしたり。

深瀬さん 警備も配置も一晩中ですね。そういうことも通園時代にまったくわからないで来てたんですけど、自分でやってみてここまでしないと安全に過ごせないんだなって。それでも年一回のキャンプって子ども達も楽しみにします。キャンプでこれだけの人数で行くってことはなかなかなか経験できないので。

古 家 そうですね。家族だけでは行けない人たちもいますよね。子どもを家族だけでは面倒見れないっていうこともあるので。今キャンプの資料見てるんですけど配車56台ですね。バスも2台ですか。ほんとに大所帯で毎年安全に過ごせてるのは奇跡に近いんじゃないかな。

深瀬さん達のように年長さんの時はやってもらう側、3年生になったら委員になってキャンプをみんなで創り上げる側に立って、職員はバックアップの方に回る。そいうことがずっと脈々と続いてきてそれを文化にしてきたこと。それから、職員がやったからできたというのではなくて、お父さんとかお母さんが、子どもに障害があってもこの子どもを楽しませてあげようっていう心がこれまでこの大きなキャンプをずっと成功させてきたんじゃないかなって思いますね。お父さんお母さんの力があってこそね。

深瀬さん ずっと繋げていかなきゃならないなと思ってます。

古 家 最初のフロンティアの人たちっていうのは私達と一緒に創り上げてきたんですが、よくわからないからトラブルもあったんです。でも事故があったら続けられなかったと思うんですよ。事故もなくこんな風に続けてこられたのはほんとうに恵みだなって思いますね。

北川園長が大学卒業してすぐに教会を借りて少人数の子どもをみて、その時からずっと「障がいがあっても助けあって地域で普通に暮らすんだ」っていうミッションでぶれないでやってこれたこと、このことにお母さんお父さんが賛同して一緒に作り上げてきた結果、今週の土日のキャンプにつながってきてるんだなって思います。

2013年8月9日

夏の職員研修合宿と熊谷晋一郎さんの講演会

なかなか電話つながらなくてゴメンナサイ。吉泉さん。


札幌村ラジオ 吉泉さん(以下吉泉さん) この時間はむぎのこにこにこラジオをお送りしております。いつもですと北川園長をはじめとしまして古家ばばばあちゃんなどお話を聞いてる訳でございますが、現在当別の中小屋小学校のほうにむぎのこの皆さんで行っているということでございます。

今日は電話出演ということだったんですが、ちょっと今電話がですね繋がらない状況になっております。大変申し訳ございません、内容を変更してお送りしております。何度か電話をかけているのですが。いつもは繋がる状況になっております。

それではまず、この時間はむぎのこのお知らせから参りたいと思います。社会福祉法人麦の子会むぎのこです。むぎのこは発達に心配のある就学前のお子さんに対して専門的な支援を行う施設でございます。

発達支援、相談支援、家族支援、地域支援の4つを柱にですね、お子さんの個性に合わせた支援を行っています。むぎのこ発達クリニックだとか、成人になってからにの支援も行っております。

では、電話がつながったようでございます。北川園長と電話がつながっているようですね。えー、北川さんこんにちは。

園 長 こんにちは

吉泉さん よかったです、つながって。

園 長 あー 良かったです。

吉泉さん 今当別の方ですもんね。中小屋。

園 長 そうです、中小屋小学校の方にいて。ちょっと雨でね。

吉泉さん いや~なんかごめんなさい。また雨になっている感じなんですか・・・

園 長 そうですねー でも時々やっぱり雨降ってもらわないとね。

吉泉さん あっ、そうですね~

園 長 お花とか作物とか・・・

吉泉さん 作物には恵みの雨ですもんね。

園 長 えぇ、そうですね。今日は中小屋小学校で、むぎのこの子どもの支援部門の職員さんが集まって研修をしてるんですよ。

吉泉さん なるほど、はい。

園 長 はい。50人以上集まって、1学期の自分たちで実践したレポートを持ち寄ってます。助言者の先生も6人か7人いまして、1グループ6、7人で7つのグループを組んで1人30分の持ち時間の1学期振り返りの勉強会ですね。

普段子ども達を支援してる専門家の先生方ばっかりなんですけど、やっぱりいつも現場で頑張って子ども達を支援してるだけじゃなくて、常に研修しながら支援を作っていかなきゃならないので今回は園をお休みにしました。

昨日今日と中小屋小学校でびっちり缶詰のように、どこにも行けず研修してます。今、その真っ最中でした。


熊谷晋一郎先生の講演を聞いて


吉泉さん 今日は雨、昨日もかなり蒸し暑い日だったと思いますけど・・・大丈夫ですか?暑さとか・・・

園 長 ええ、大丈夫です。昨日は熊谷晋一郎先生という東京の、東大の小児科の先生の講演をまず聞きました。それは中小屋じゃなく、札幌の教育文化会館で一般の人達も含めて、「浦河べてるの家」というところと共催で研修させていただいたんですね。「浦河べてるの家」は知ってる方は知ってると思いますが。

その先生は脳性まひの障がいがある方で、小さい時に「障がいは訓練すれば治る」と言われて10歳くらいまでひたすら訓練の毎日だったんですけど、やっぱり10年くらい経つと訓練で治るというのはおかしいんじゃないかってことになって。やっぱりそれは間違いだったんですよね。

本人自身がその健常者に近づいていくということで・・・ 近づかなきゃいけないっていうそのお母さんや社会の「障がいが悪くって健常者に近づくことがいいことなんだ」っていう中にいてすごく辛かったんだけど、やっぱりそうじゃないと。

障がいが治る治らないじゃなくて、やっぱり自分が障がいがあってもなくても自分は自分で生きてていいんだみたいな。それを見出していくまでにやっぱり時間がかかったんですよってお話してくれて。

私達支援する側だと障がいがある子どもとかね、やっぱりこう、少しでもよくするっていうそういう観点は大事なんだけど、そのことによって子ども達が、ダメな存在、自分はダメだから支援受けなくちゃならないんだ、じゃなくて、元気に前向きに生きるために療育が必要なんだとかね。そういうふうな思いでやっていかないとなんか多数派の目線になっちゃうっていうのかな、私達が。

一般の「健常者が正しいからそうしなさい」みたいな目線になっちゃうと、やっぱり子どもは辛いねっていう。子ども自体はほんとに一生懸命生きてるし素晴らしいんだよっていう観点で。同じことやっててもその先生方の持っている価値観によって子どもの人生がすごく左右されるんだけどっていうお話をしてくれて、大変勉強になりましたね。

吉泉さん いや~すごいいいお話ですね。

園 長 そうですね、本人の実体験っていうか、社会の考え方が、熊谷さんが小さい時は治すことがいいことだってなっていて、10年くらい経ったらいや、治すことはいいことじゃないっていう実体験がね。社会の考え方にに合わせていくだけじゃなくてやっぱり本質を常に考えていくってことが大事だよっていう、そういうお話でしたね。ちょっと難しい話になりましたね。

吉泉さん いやいや、すごいいいお話というかね、すごくためになるお話だったと思いますよ。

園 長:お母さんたちもその話を聞いてたんですけど、やっぱりそのお話を聞いて、なんていうのかな・・・自分がこう、社会に合わない子を持ってすごい自分がダメなんじゃないかなとか思ってしまいがちなんだけど、そうじゃなくて、社会に合う合わないじゃなくって、この子たちはまず素晴らしい大事な我が子で日本の子なんだって、そういう風に思えたらすごく楽になったって話をしてくれて。

吉泉さん ああ、いいですね、楽になったっていいですね。


子ども一人一人はやっぱ素晴らしいんだという立場で


園 長 涙してるお母さんたちもいっぱいいましたね。なんか責められちゃう感じがねいつもね、ああ自分がダメだからこうなんだわとか。そうじゃなくってこの子たち別に障がいがあっても素晴らしくて、何にも誰にも責められることじゃなくて、この人達なりの文化だったり生き方だったり考え方だったり感じ方だったりがあって、それが健常者の文化と規制しないで折り合いをつけながらやっていく、そういうお話だったんです。

確かにあれですよね、世界中いろんな文化があってそういう子と一緒に生きるときにやっぱりお互い理解しあうって大事ですもんね。

吉泉さん そうですね、それが一番ね。

園 長 障がいあるなしにかかわらず、ヨーロッパと日本じゃ全然違うしね。

吉泉さん いやぁほんとに違いますよね。

園 長 その違いをやっぱり理解しあいながら、そのヨーロッパに合わせろとかアメリカに合わせろじゃなくてね。脳性まひの方なんですよ。手とかあんまり動かなくってそれで小児科医で注射とかも点滴とかもうまくチクツとするんですよね。

吉泉さん ああ、そうですか。それは貴重な、いいお話聞けましたね。

園 長 やっぱり、いろんなことありますからね人間って。子育てもね。思い通りにいかないってこといっぱいあるんですけど、熊谷先生のお話の中ではその子一人一人はやっぱり素晴らしいんだっていうところに立っていかないと、せっかく持ってる宝物が開いていかないって。でもやっぱりそのためにはね、そう思える友達が必要だって言ってましたね。

吉泉さん そうですよね、ひとりではちょっとね・・・

園 長 で、その講演を受けて、いざみんなでまた勉強会をしてるっていう訳なんです。

吉泉さん ちなみに今は・・・ たまに賑やかな声が聞こえてきますけど・・・ 今は何を?

園 長 今はね、ワイワイ笑い声も聞こえてくるんですけど6グループに分かれて自分のレポートとか視点を書いてきたんですよ、一生懸命。それを発表してみんなと意見交換して。むぎのこの研修のいいところは「これだめだよ~」とか言うんじゃなくて「ああこういうとこ頑張ったね」「こういうところ良かったね」って。改善するとしたら「少しこういうところ気をつけたらいいね」みたいな。こういうこと気をつけたらもっと良くなるね、とかそんな感じなのでみんなやっぱり笑顔が溢れてますね。

吉泉さん 素晴らしいアドバイスなんかをされてるんでしょうね。

園 長 私はすぐお掃除することに徹底してるんですけど。

吉泉さん 今回は裏方の方に?

園 長 事務の人たちが裏方で、50人、60人もうちょっとかな、その分のお食事全部作ってくれたり、お掃除してくれたり・・・やっぱり裏方があって研修が成り立つのでね。

吉泉さん そうですよね、そして支えがあってですよね。

園 長 支えあいですね、常にね。

吉泉さん ああいいですね。ぜひまた今度、その参加者の感想聞きたいですね。

園 長 じゃ今度職員とかお母さんたちに札幌村ラジオのほうに行ってもらいましょうね(笑)それにしても、熊谷先生は若手の37歳の先生なんですけど、新しい時代だなって感じしましたね。


夏休みも大切な時間です


園 長 今日は休園ですけど、どうしても家庭で大変だっていうお子さんはむぎのこのでみています。夏休みに入るんですけども、やっぱり育児が大変だって方もいらっしゃるし、そういう場合は夏休みでもサポートしますよっていう体制は取ってるんです。

吉泉さん なるほど。それは非常にありがたいですよね。

園 長 夏休みと言ったってお母さんたちは、日々子育て奮闘しなくちゃいけない。かえって夏休みのほうが大変ですよね。

吉泉さん そう、ずっとね、お子さんいらっしゃいますので・・・

園 長 大事な夏休みなのでご家族でいい経験ね、海行ったり山行ったり旅行行ったり飛行機に乗ったり・・・

吉泉さん そうですね、大事ですね。今日はこのあとこの勉強会は何時くらいまであるんですか?

園 長 夕方まで勉強なんです。

吉泉さん けっこう長いですね。

園 長 今アレルギーの問題もあるのでアレルギーの先生もこれから、午後から来てもらってそのお話も聞いたりとか・・・やっぱりいろんなこと先生方も勉強しないと安全守るって事大事ですからね。

吉泉さん しっかり。そうですね。

園 長 子ども達の安全を守るのは基本ですからね。知らなかったで済まされないことですのでね。

吉泉さん 悲しい給食の事故とかありましたもんね・・・

園 長 前もって知識得ていかないとってとこですね。そのために普段ね、子どもと遊んでる先生方も研修いっぱいしないといけない。

吉泉さん わかりました。昨日今日と研修でお盆休みとかは?

園 長 お盆はお休みです。ショートステイっていうところだけは開いて8人ぐらいの子ども達が利用します。先生方もやっぱりリフレッシュしないと。

吉泉さん 年に何日間かしかないですもんね。

園 長 外国に行く先生もいるし、仕事を忘れて自分のケアって大事ですよね。

吉泉さん 北川さんご本人は?

園 長 私は実家が函館にありますのでJRで函館へお墓参りに行ってきます。

吉泉さん みなさんお盆休みってほんとに大事な大事なリフレッシュといいましょうかね、また頑張って欲しい感じでね。

園 長 2学期長いですからね、雪降るまで・・・

吉泉さん そうですね、12月まで・・・

園 長 そうなんです、夏は海にも行くんですけど12月になったらそりすべりですから。

吉泉さん そうですよね。あっという間に冬来ますし・・・

園 長 運動会もあるし、生活発表会もあるし・・・

吉泉さん 行事がたくさんありますね。

園 長 そうですね、運動会がひとつの山場ですしね。

吉泉さん ではそろそろお時間が来ましたので・・・

園 長 はい、どうもありがとうございました。

2013年8月2日

息子とのコミュニケーション・支えられる側から支える側へ

マラソンをショートカット!?


古 家 今日のゲストは鈴木さんです。鈴木さんはむぎのこ生活が長いのですよね。

鈴木さんは息子さんが三人いて、上の二人は自立して就職もして、そして末っ子のタケルくんが今スワンで働いてるんですね。しょっちゅう私に電話が来るんですよ。私以外の人にも電話いってるみたいなんだけど。それで、「怒ってる?」って電話が来て、「えーっどうして?」って聞いたら、「マラソンでズルしたから」って。

5月の豊平川マラソンで10キロ走ったんだけれども、途中の給水所あたりでUターンして戻ろうとしてたところをスワンの店長がみつけて「あー、何やってるんだ」って。店長とタケルくんは一緒に戻ってやり直しました。みんな10キロしか走ってなかったんだけども店長とタケルくんは13キロくらい走ったという、そういうようなことがあって。去年はズルやったのに早々とゴールしたのをみんなわからなくって入賞したってことだったんですよね。

鈴木さん そうなんです。後からわかりましたね。

古 家 そういうことするんじゃないよってきつく言ったら、「怒ってる?」ってそれからは電話来るようになって。それで私が「どうしたら怒らなくなるんだったっけ?」って聞いたら「10月のマラソンでズルしないで10キロ走ったら良いんです」っていうことで。

今どこにいるの?って聞いたら「家です」とか答えるんだけれども退屈になってきたときとかに、結構日曜日の昼間とかに電話来るんですけど(笑)。
今22歳ですよね?

鈴木さん はい、そうです。12月に22になります。

古 家 3年くらい前は、いつ、どこで、だれが、何をしたっていうのを話せなかったので。だけどいろんなことはわかっていて、漢字も読めて、字も書けてるんだけども、コミュニケーションがうまくいかなかった。それが、いつどこで誰が何をした、「昨日僕は、フードセンターでサイダーを買いました」とかね。そういうことを一日30回くらい練習して言えるようになったら、今度はその言葉に違う言葉を、英語を私達が覚えるように言葉をはめてきて、昨日僕はどこどこに行きましたとか、そういう風に話せるようになってきました。それで何年前から携帯電話を使ってるんでしたっけ?

鈴木さん ちょうど19くらいですね。

古 家 19歳くらいでお話が出来るようになったので、携帯電話も買ってメールのやり方も覚えて。そしたら今度は自分が言いたいことだけしか言えなかったですよね? 去年ぐらいまで。

鈴木さん そうですね。

古 家 それで私が、待って待ってって。今目の前で私が話してる間は話しないでよ、と。じっと待ってて待っててって言って、私が話してそしていいよ、タケルくん話してもってタケルくんが話して、そしてそれに私が答えたら、会話、電話で会話が出来るようになったのがちょっと前かな?

鈴木さん そうですね。私のところに電話がかかってきても「黒いTシャツ持ってきてって。」今朝の話なんですけど、「わかったよ、でも家に黒いTシャツ4枚あるんだけど、どのTシャツ?お母さんわかんないのだけど」っていったら何とかかんとかって書いてあるってアルファベットえを言ってなになにって書いてあるやつって言ってああわかったよっていう会話が、ほんと今朝なんですよ。何時間前かにできてすごい成長を感じたんです。今朝なんですよ。

古 家 そうなんですか。以前だと、自分の言いたいことは「Tシャツ持ってきて」それで終わりって感じだったんだけども。「どういうもの?」って聞いたら、自分でイメージしてそのイメージ通り言葉も言えるようになってきたんですね。

鈴木さん そうなんです。もう、今日朝の感激でした。



言葉の獲得にはものすごいエネルギー必要


古 家 そうなんですか。それってことばの獲得っていうかね、私も仮説ではそういうふうに言葉を獲得していくに違いないと。だからいつもお母さんたちにあきらめないで、あきらめないでって幼児期とか学童期に言葉が出なくっても内的言語は持ってるから、だから自信がでてきたら話せるようになるからあきらめないでって言い続けてきたんだけども。

 私がむぎのこに勤めて一番初めに出会ったのがタケルくん達でした。私も若い時から障がいの勉強をしてきたわけではなく、看護師だったから看護師からの視点で、タケルくん達に出会った時に、内的言語を持ってるってことをはっきりわかったんですよ。でも言葉を発するってものすごいエネルギーが要るっていうのかな、お年寄りになったらぼそぼそって喋るようにエネルギーが下がるから声も小さくなるし、また自分が言ってることにこう自信がないと話せないんだな人間って、ていうのことはタケルくん達に会って学んだことなんですよね。

 だからエネルギーがアップしてそして自信がついてきたら言葉も話せるに違いないという仮説は持ってたんだけれども、それを見事に実現してくれたのが鈴木親子だなって思います。
 私は出会ってからね、ほんとに実行するのを私じゃなくてお母さんとタケルくんだから私がそういうような仮説立ててサポートしても、実際に地球上で生きているのはタケルくんでありお母さんだからね、そういうように歩んでこられたのはすごい歴史を刻んできたなっていうか、そういう思いでいっぱいですね。

鈴木さん おかげさまで、たくさんの人達に支えられてきたっていうことがこれほど大きいことだとは思わなかった。一人だったら今おっしゃったような内的な力というのが信じることが出来なかったと思うのですよ。タケルはここまでしか出来ないというマイナスの捉え方しかしなかったと思うんですけど、たくさんの人が大丈夫だよって、できるからって支えてくれてやっと親が信じることが少しずつ出来るようになったっていうのが今の段階ですね。

古 家 やっぱり、世間一般の常識から言ったらこの子はそこまで話が出来るようにならないって言うかね。そういうのがあると思うんだけどもやっぱり常識を超えてタケルくんと一緒に生きてきて今あるのかなっていう風に思いますね。

 今話しを聞いててほんとに素晴らしいなと思ったんだけれど、「黒いTシャツ4枚あるけどそのうちどれなの?」って聞けたってね。「これかい?あれかい?それかい?」というふうにタケルくんのことわからないと思ったらそう聞くのが普通だと思うんだけど。

鈴木さん そうですね、私自分でよく言えたなって思えたんですよ。普段だったら言ってもわかんないでしょ?なんでそんな面倒くさい電話かけてくるの?みたいなはじめから拒否っていうか。どうせ言ったってわかんないでしょという思いがあったんですね。なんか今日は自分が落ち着いて普通の会話に近いものが出来たなって思ったんですよね。

古 家 それは何かあったんですか?



コミュニケーションの勉強と実際のコミュニケーション


鈴木さん 先日の土日なんですけど子育てとか子どもの接し方と言うような研修を受けたんですね。コモンセンスペアレンティングって言うんですけど、子どもについて頭文字をとってSCALEって習ったんですね。Sがサポート、支える、Cがcareのお世話をする、Aが愛、という感じのを習って、今まで何十回も聞いてるはずなんだけども、今までは言葉だけが入ってきたんですけど、これってどういうことなんだって考えたら、一緒に心を落ち着かせて21歳の男の子に急に話すって言ったらどういう事なんだろうって一瞬に頭の中に駆け巡った気がして、初めて普通に話しが出来たっていうか。自閉症とわかって19年経つんですけど、ここまでかかりました。

古 家 そのコモンセンスペアレンティングの研修は本当に活かされたっていうかね。その日だけじゃなくて毎日学んでるってことですよね。

鈴木さん そうですね。自分の子はもちろんですけど、ショートステイやヘルパーとして私は働いてるんですが、その時幼児さんとかに接する時に、これを頭においてというか、思い出しながらやったらいいんだなって。その場になったら100%というかほんのちょっとでも思い出すようにしていけたらなと思いました。

古 家 私達も普通なかなか勉強して頭ではわかっているけど日常生活ってとっさなのでね。日常生活のコミュニケーションとかっていうのは。だから学んだことよりも、自分の持っているものが出てしまいますよね。

鈴木さん そうなんです。「あんた何やってんの?!」ていう突き放してるような言い方が、すごく突き放してた思いがあって、その通り子どもにぶつけてたので。自分がだったら思い切り傷ついてたなって今思いました。

古 家 日常生活だから自分自身も必死だから、子どもにね、つらい思いしてるって気が付きませんよね。

鈴木さん はい、全然気が付きませんでした。


支えられることと支えること


古 家 やっぱり、こんなふうに学ぶっていうこととそれから鈴木さんがヘルパーとして他の子達にもどんな風にしてあげたらいいだろうってことで一生懸命働いてるから。
 鈴木さん、今年何歳でしたっけ?

鈴木さん 55歳になります。

古 家 55歳になっても勉強して身につけようとする気持ちが強いから、これでいいではなく、向上心があるからそういうことにも身になって花開いたっていうかそういうことなんでしょうね。

鈴木さん 沢山の人がみんなで支えてるっていうか、いろんな人を、その中に居れるんだっていうことでね、なんかこれがずっとタケルとふたりきりの生活だったらもう真っ暗の中にいたんだろうなって思います。

古 家 そうなんですね。暮らしって、木戸さんも今日来てくれてるんだけど、お花を飾ったりみんなで見てもらって、喜んでもらったり、自分が支えてもらってる、お世話になってるだけじゃなくて自分も支えてる者の一員なんだ、っていま鈴木さんが話されたんだけど、それがなんかうれしいっていうか。だからどんなに障がいがあっても、例えば重心で身動き出来ない子でもその人がそこにいつもいてくれたらほっとするとかね、そういう存在感ていうのかな、それだけでも人に力を与えてると思います。

よく言いますよね、どんなに年とっても寝たきりになっても、親は生きてて欲しかったって。いろんなことができなくてもその人の存在そのものが誰かのためになってること。そういうことを今の鈴木さんのお話を聞いて、それが地域で暮らすことでもあり、私達が支えられたり支えたりというところで喜びを持って、特別大それたことをして有意義になるってことではなくてね、それが暮らしにとって大事なんだなって、今私も学ばされました。ありがとうございます。

次の曲は「翼をください」という曲ですが、この曲を鈴木さんたちがタケルくん達と仲間と一緒にみんなの前で歌ってくれました。そのビデオを札幌市議の篠田さんのこの「むぎのこにこにこラジオ」の一つ前の篠田さんの番組でビデオを見てもらったんですよね。みなさんに感動して頂きました。